エンレスト(サクビトリル/バルサルタン)とは?心不全と高血圧に効くARNIの効果・副作用・36時間ルールを解説
エンレスト(サクビトリル/バルサルタン)とは?「心臓を守る」ARNIのすごさと注意点
エンレスト(一般名:サクビトリル/バルサルタン)は、単に血圧を下げる薬というより、心不全治療で重要な概念である 「心臓を守る(心筋リモデリングを抑える/予後を改善する)」 を狙って設計された薬です。
分類としては ARNI(Angiotensin Receptor–Neprilysin Inhibitor:アンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬) と呼ばれ、ARB単独やACE阻害薬とは“設計思想”が異なります。 PMDA+1
※本記事は一般的な医療情報です。服薬の開始・中止・変更は必ず主治医と相談してください。
エンレストが「従来薬」と違う最大のポイント:2つの経路を同時に動かす
エンレストは、ざっくり言うと次の 2方向に同時に働くのが特徴です。
1)“守るホルモン”を増やす(ネプリライシン阻害)
サクビトリル(※体内で活性代謝物に変化)が、ネプリライシンという酵素を抑えます。
ネプリライシンは、体にとって有益な ナトリウム利尿ペプチド(ANP/BNPなど) を分解する方向に働くため、これを抑えることで
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余分な水分・塩分を出しやすくする(利尿・ナトリウム利尿)
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血管を広げる(血管拡張)
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心臓の肥大・線維化(硬くなる変化)を抑える方向
といった「守り」の作用が強化されます。 PMDA
2)“心臓に負担をかける系”を抑える(ARB:RAASブロック)
一方でバルサルタン(ARB)が、レニン‐アンジオテンシン‐アルドステロン系(RAAS) の過剰な刺激を抑え、血管収縮や体液貯留など“負担側”を減らします。 PMDA
まとめると
エンレストは「悪い負荷を減らす(RAAS抑制)」+「良い保護を増やす(利尿ペプチド系の底上げ)」の“二段構え”
ここが、ARB単独やACE阻害薬単独と比べたときの大きな違いです。
心不全で「革命的」と言われた理由:PARADIGM-HFの衝撃
エンレストが心不全治療の中心に入ってきた背景には、HFrEF(左室駆出率が低下した心不全)を対象とした大規模試験 PARADIGM‑HF があります。
この試験では、従来の標準治療薬の代表である ACE阻害薬(エナラプリル) と比較して、
心血管死または心不全入院の複合エンドポイントを 有意に減らした(ハザード比0.80) と報告されています。 PubMed
この「予後(死亡や入院)に効いた」という事実が、単なる降圧薬の枠を超えた評価につながりました。
“四本柱(4つの基本薬)”の中での位置づけ
近年の心不全治療では、HFrEFに対して
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ARNI(またはACE阻害薬/ARB)
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β遮断薬
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MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)
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SGLT2阻害薬
を早期から組み合わせていく「4本柱」の考え方が広く共有されています。 JACC+2PMC+2
エンレストは、このうち RAAS系に関わる“核”の薬として扱われることが多く、患者さんの状態に応じてACE阻害薬/ARBからの切り替えや、初期からの導入が検討されます。 JACC
「心臓の形を戻す」=逆リモデリングは本当に起こる?
エンレストは、研究や臨床報告で
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左室駆出率(LVEF)の改善
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左室の拡大の改善(心臓が膨らみっぱなしになりにくい)
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NT-proBNP低下と構造改善の関連
など、逆リモデリングを示唆するデータが積み重なっています(※個人差があります)。 PMC+2PMC+2
「息切れが少し楽になった」だけでなく、心臓そのものの負担構造を長期的に変える可能性がある点が“心臓を守る薬”と言われるゆえんです。
高血圧にも:日本での適応追加と、24時間効く降圧の特徴
日本ではエンレストが高血圧にも使えるようになり(適応追加)、治療の選択肢が広がりました。 Otsuka
特に日本人を対象にした研究として、オルメサルタン(ARB)と比較して、エンレストのほうが血圧低下が大きかったとする報告があります。 PMC
また、24時間自由行動下血圧(ABPM)でも、24時間・昼間・夜間の血圧をより下げたこと、夜間血圧が下がりにくいタイプ(non‑dipper)でも差が出たことが報告されています。 PubMed
※ただし、降圧が強い分、体質や併用薬によっては**下がりすぎ(低血圧)**が問題になることもあるため、自己判断での増量などは禁物です。 PMDA+1
BNPが上がる?検査値の“落とし穴”──NT-proBNPが重要になる理由
エンレストを使うときに重要なポイントが BNPとNT‑proBNPの解釈です。
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BNPはネプリライシンの影響を受けやすく、薬の作用で上がって見えることがあります
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一方、NT‑proBNPはネプリライシンの影響を受けにくく、治療反応の指標として使われやすい
という整理が知られています。 PMC+1
入院中の急性増悪心不全を対象にしたPIONEER‑HFでも、エンレスト群でNT‑proBNPがより低下したことが報告されています。 New England Journal of Medicine+1
「おまけ」ではなく、臓器全体に波及しうる効果(ただし過大評価は禁物)
腎臓:腎機能低下の“スピード”に影響する可能性
エンレストと腎機能については、eGFRが一時的に下がるケースがある一方で、長期の腎アウトカムやeGFR低下速度に関する解析も進んでいます。 American College of Cardiology+1
実臨床では、開始後に腎機能・カリウム・血圧をセットで追うことがとても大切です。 PMDA
糖代謝:HbA1c低下などが報告(特に心不全+糖尿病で注目)
サクビトリル/バルサルタンが、糖代謝(HbA1cなど)に良い方向の影響を示した研究報告があります(※対象・条件により結果は異なります)。 PMC+1
肝臓(脂肪肝・線維化):主に研究段階
肝線維化や炎症に対する作用は、現時点では動物モデルや基礎研究中心で、臨床的な位置づけは今後の検討領域です。 PMC+1
したがって「肝臓のためにエンレストを使う」という考え方は一般的ではなく、本来の適応(心不全・高血圧)での最適化が主目的です。
ここは最重要:エンレストの注意点(禁忌・副作用・36時間ルール)
1)ACE阻害薬から切り替えるときは「36時間」あける
ACE阻害薬との連続使用は、重い副作用(血管浮腫など)のリスクを高めるため、ACE阻害薬中止後に36時間以上あけて開始するルールがあります。 Novartis+1
2)低血圧(ふらつき、立ちくらみ)
降圧がしっかり出る薬なので、特に導入期・増量期は注意が必要です。 PMDA+1
3)腎機能・カリウム
RAASに関わる薬の共通注意として、腎機能悪化や高カリウム血症は定期採血で確認します。 PMDA
4)血管浮腫(顔・唇・舌・喉の腫れ)
頻度は高くないものの、起きると危険です。
呼吸がしづらい、喉が腫れる感じがある場合は救急受診が必要になります(自己判断で様子見しない)。 Novartis+1
よくある質問(FAQ)
Q1. エンレストは「降圧薬」ですか?「心不全薬」ですか?
どちらの側面もあります。日本では心不全治療で重要な薬として使われ、さらに高血圧の適応もあります。 Otsuka+1
Q2. 効果はいつから実感しますか?
降圧は比較的早期から出ます。心不全では症状改善の感じ方に個人差がありますが、試験ではNT‑proBNPなどは早期から動くことが示されています。 American College of Cardiology+1
Q3. BNPが上がった=心不全が悪化した、ですか?
必ずしもそうとは限りません。エンレストではBNPの動きが複雑になることがあるため、評価にはNT‑proBNPや症状・体重・所見など総合判断が重要です。 PMC+1
受診・相談の目安(自己チェック)
心不全や高血圧の治療は、薬だけでなく「日々の変化」を拾うのが重要です。
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息切れが増えた/階段がつらい
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体重が数日で増える(むくみが増えた)
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夜間に息苦しくて起きる
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立ちくらみが強い、失神しそう
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血圧が下がりすぎる、脈が乱れる感じ
こうした変化があるときは、早めに医療機関へ相談してください。
山形県米沢市で血圧・生活習慣病が気になる方へ(きだ内科クリニック)
受診時は、血圧手帳(家庭血圧の記録)、現在の薬(お薬手帳)、健診結果があると相談がスムーズです。
執筆・監修:山形県米沢市 きだ内科クリニック 院長 木田 雅文
(医学博士/日本消化器病学会 消化器病専門医/日本消化器内視鏡学会 専門医)
