便が黒くないのに貧血…それ“隠れ消化管出血”かも?便潜血陰性でも見逃せない原因と検査を専門医が解説
便が黒くないのに貧血…「隠れ消化管出血」をどう見抜くか
――便潜血陰性でも安心できない理由を専門的に解説
健康診断や外来の血液検査で「貧血があります」と言われたとき、多くの方は
「鉄分が足りないのかな」「女性だから月経のせいかな」
と考えがちです。
しかし実際には、
-
便は黒くない(タール便でも血便でもない)
-
便潜血検査も陰性のことがある
-
それでも 鉄欠乏性貧血(IDA)が進行している
というケースが少なくありません。
その背景にあるのが、目に見えない**「隠れ消化管出血(潜在性消化管出血)」**です。
この記事では、
-
便が黒くないのに貧血になるメカニズム
-
大腸がん・ポリープ・小腸病変などとの関係
-
便潜血陰性でも内視鏡検査が必要となる理由
-
受診の目安・検査の流れ
を、医学的視点からわかりやすくまとめます。
1. 隠れ消化管出血とは何か
貧血、とくに**鉄欠乏性貧血(Iron Deficiency Anemia:IDA)**の原因として重要なのが、
消化管(食道〜胃〜小腸〜大腸〜肛門)からの慢性的な出血です。
出血量が多ければ便の色が変化しますが、
少量出血がじわじわ続く場合は、見た目ではまったく分からないことがあります。
これが「**隠れ消化管出血(潜在性消化管出血)」**です。
1-1. 便の色と出血部位の関係
消化管出血では、出血部位と量によって便の色が変わります。
-
黒色便(タール便)
食道・胃・十二指腸など「上部消化管」で出血すると、
血液が胃酸や消化酵素で変性し、黒色(硫化鉄)になります。 -
赤い血便・暗赤色便
結腸・直腸・肛門など「下部消化管」に近い部位からの出血では、
血液が変性しきらず赤〜暗赤色のまま便に混じります。 -
肉眼では普通の便だが“潜血”を含む場合
出血量がごく少ない、あるいは断続的な場合、
便の色はほとんど変わらず、「便潜血検査」で初めて検出されます。
ポイントは、
「便が黒くない=出血していない」ではない
ということです。
少量の出血が長期間続けば、見た目は普通でも貧血として現れてくることがあります。
2. 便が黒くないのに貧血を起こす2つの主要メカニズム
2-1. 下部消化管・小腸からの慢性出血による鉄欠乏性貧血
もっとも頻度が高いのが、下部消化管や小腸からの少量出血により、
少しずつ鉄を失っていくパターンです。
● 右側結腸(盲腸〜上行結腸)からの出血
大腸の右側(盲腸・上行結腸)は、まだ便が半固形〜泥状の状態です。
-
血液が広く混ざりやすい
-
変色しても便全体の色と区別しづらい
といった理由から、血が混じっていても肉眼ではほぼ分かりません。
そのため、
-
盲腸付近の右側結腸がん
-
大きな大腸ポリープ
などでは、**「貧血だけが唯一のサイン」**ということも珍しくありません。
● 慢性的な少量出血を起こす疾患
以下のような病気は、出血量が少なくても長期間続くことで
鉄欠乏性貧血の原因となります。
-
大腸がん・直腸がん
-
大腸ポリープ
-
大腸憩室出血
-
潰瘍性大腸炎・クローン病などの炎症性腸疾患
-
小腸腫瘍・小腸潰瘍 など
さらに、出血が断続的である場合、
-
検査した日にはたまたま出血していない
-
その結果、便潜血検査が陰性になる
といった「検査のタイミングによる見逃し」も起こり得ます。
2-2. 出血以外の免疫反応による貧血(大腸がん関連)
近年の研究では、一部の大腸がん患者において、
出血とは異なるメカニズムで貧血が生じることが報告されています。
● バンド3蛋白に対する自己抗体による赤血球破壊
概略はつぎの通りです。
-
大腸がん細胞が、赤血球膜に多い バンド3蛋白 を異所性に発現
-
体内で バンド3に対する自己抗体 が増加
-
その抗体が赤血球膜のバンド3に結合し、赤血球が早く壊れる
-
出血がなくても貧血が進行 する
このタイプの貧血は、
-
鉄欠乏性貧血に特徴的な「小球性(MCV低値)」ではなく
-
正球性〜大球性貧血 として現れることが多いとされています。
つまり、
便潜血が陰性で、便も黒くない
それでも貧血がある場合、
「出血を伴わない貧血」でも大腸がんが隠れていることがある
という重要なポイントです。
このため、**「貧血がある=便潜血が陰性でも大腸内視鏡検査を考慮する根拠になる」**と考えられます。
3. 隠れ消化管出血を疑うためのステップ
3-1. まずは貧血の種類を確認する
貧血の診断は、ヘモグロビン(Hb)値に基づきます。
-
男性:13 g/dL 未満
-
女性:12 g/dL 未満
が一般的なカットオフです。
鉄欠乏性貧血が疑われる所見としては、
-
ヘモグロビン低値
-
血清フェリチン低値(体内の貯蔵鉄の不足)
-
MCV低値(小球性)
などがあります。
3-2. とくに注意すべきハイリスク群
次のような方に鉄欠乏性貧血が見つかった場合、
食事だけの問題とせず、消化管出血を強く疑う必要があります。
-
男性
-
閉経後の女性
→ この2群では、IDAの原因として消化管出血の割合が非常に高いため要注意です。
また、
-
鉄剤を数か月服用しても Hb が十分に上がらない
-
フェリチン値がなかなか改善しない
といった 「鉄剤不応性の貧血」 も、
どこかで慢性的な出血が続いているサインである可能性が高くなります。
4. 症状・問診でチェックすべきポイント
貧血自体は、かなり進行するまで自覚症状に乏しいこともありますが、
次のような症状や変化がある場合、消化管の病気を疑う理由が増します。
4-1. 貧血に伴う症状
-
疲れやすい・だるい
-
階段で息切れしやすい
-
動悸
-
めまい・立ちくらみ
-
顔色が悪い・冷えやすい
4-2. 消化管疾患を疑うサイン
-
体重減少(意図しない体重低下)
-
食欲不振
-
便通の変化
-
便秘や下痢を繰り返す
-
便が細くなった
-
排便回数が急に変わった
-
-
腹痛やお腹の張り
-
家族に大腸がんの既往がある
痔による出血も貧血の原因にはなりますが、
「痔があるから、それだけが原因だろう」と安易に決めつけてしまうと、
同時に存在する大腸がんやポリープを見逃す危険があります。
5. 便潜血検査が“陰性”でも内視鏡検査が必要な理由
5-1. 便潜血検査の役割と限界
便潜血検査(免疫学的便潜血検査)は、大腸がん検診の基本的なスクリーニングです。
しかし、以下のような限界があります。
-
出血が わずか、または 一時的 な場合
-
検査する便にたまたま血が混じっていなかった場合
→ 実際には出血していても「陰性」になり得る(偽陰性)
そのため、
「便潜血は陰性だから、消化管は大丈夫」
とは言い切れません。
5-2. 貧血があれば、便潜血結果に左右されない
とくに、
-
鉄欠乏性貧血
-
原因不明の貧血
-
上記のハイリスク群
では、便潜血が陰性でも内視鏡検査を優先して考えるべきとされています。
6. 隠れ消化管出血を探す内視鏡・小腸検査
6-1. まず行うべきは「胃カメラ」と「大腸カメラ」
-
大腸内視鏡検査(大腸カメラ)
-
大腸がん・ポリープ・炎症性腸疾患・憩室などを評価
-
ポリープは、その場で切除できることも多い(診断+治療)
-
-
上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)
-
胃潰瘍・十二指腸潰瘍・胃がんなどを評価
-
黒色便が出ていなくても、少量出血を繰り返していることがあります。
-
貧血+鉄欠乏が明らかな場合は、「胃カメラ+大腸カメラの両方」が基本的な精査と考えられます。
6-2. OGIB(原因不明消化管出血)が疑われるとき:小腸検査
上部・下部内視鏡検査でも出血源が見つからない場合、
原因不明消化管出血(Obscure Gastrointestinal Bleeding:OGIB) と呼ばれます。
この場合、出血源は 小腸 にあることが多く、以下の検査が検討されます。
-
カプセル内視鏡(CE)
飲み込むカプセル型カメラで小腸全体を撮影し、
小腸腫瘍・潰瘍・血管異常などの有無を確認します。 -
バルーン内視鏡(ダブルバルーン・シングルバルーン)
カプセル内視鏡などで異常が疑われた部位に対し、
直接観察・生検・止血処置などを行うことができます。
7. 例えで理解する「隠れ消化管出血」
貧血は、家の**水道メーター(ヘモグロビン値)**がじわじわ下がっている状態に似ています。
-
便が黒い(タール便)のは、
→ 蛇口(上部消化管)から大量に水が漏れて、誰の目にも明らかな状態。 -
便が黒くないのにメーターだけ下がり続ける場合は、
→ 床下(下部消化管・小腸)や壁の裏(免疫異常)で見えない水漏れが続いている状態です。
この「見えない水漏れ」を見つけるには、
-
表面の床(=便の色や便潜血検査)だけ見ていても不十分で、
-
内視鏡という“カメラ”を使って配管の奥まで直接確認する 必要があります。
8. まとめ:便が黒くなくても、貧血は要注意サイン
便が黒くないから安心
痔があるからそれが原因だろう
こうした自己判断は、大腸がんや小腸の病気の発見を遅らせる要因になり得ます。
とくに次のような方は、早めに消化器内科への相談をおすすめします。
-
男性、または閉経後女性で鉄欠乏性貧血と言われた
-
便は黒くないのに貧血が続いている
-
鉄剤を飲んでも貧血がなかなか改善しない
-
体重減少・便通異常・倦怠感などを伴う
-
家族に大腸がんの既往がある
貧血は「体のどこかで何かが起きている」サインです。
「様子を見よう」と先延ばしにせず、一度専門医に相談することで、
隠れている病気を早期に発見できる可能性が高まります。
※本記事は一般的な医学情報であり、自己診断・自己治療を促すものではありません。
気になる症状がある場合は、必ず医療機関でご相談ください。
執筆・監修:山形県米沢市 きだ内科クリニック 院長 木田 雅文
(医学博士/日本消化器病学会 消化器病専門医/日本消化器内視鏡学会 専門医)
