胃もたれが続くのに胃薬が効かない…それは機能性ディスペプシア(FD)?原因と最新治療を専門医が解説
胃もたれが続くのに胃薬が効かない…
機能性ディスペプシア(FD)最新治療ガイド
「ずっと胃もたれが続く」「食後にすぐいっぱいになって苦しい」「胃薬を飲んでも良くならない」──
胃カメラでは異常がないのに、こうしたつらい症状が長く続いている場合、疑われるのが
機能性ディスペプシア(Functional Dyspepsia:FD) です。
FDは、日本人の**約10〜15%が経験するとされる非常に頻度の高い病気で、
胃の症状で受診した方の約半数(45〜53%)**がFDと診断されるという報告もあります。
命に関わる病気ではありませんが、仕事・家事・睡眠など生活の質(QOL)を大きく下げてしまう病態です。
ここでは日本消化器病学会「機能性消化管疾患診療ガイドライン2021(機能性ディスペプシア改訂第2版)」をもとに、
「胃もたれが続くのに胃薬が効かない」FDの最新治療の考え方 を分かりやすく解説します。
1. 機能性ディスペプシア(FD)とは何か?
機能性ディスペプシアとは、次のような状態を指します。
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胃の痛み・上腹部不快感
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食後の胃もたれ
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少量で満腹になってしまう(早期飽満感)
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胸やけに似たムカムカ感
といった**“みぞおち〜胃のあたり”の症状が3か月以上続く**にもかかわらず、
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胃カメラ(上部消化管内視鏡)
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血液検査
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画像検査(腹部エコー、CT など)
で 潰瘍・がん・重い全身疾患・代謝性疾患などの明らかな原因が見つからない 病態です。
FDは大きく2つのタイプに分けられます。
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食後愁訴症候群(PDS)
→ 「食後の胃もたれ」「少し食べただけで苦しい」といった症状が主体 -
心窩部痛症候群(EPS)
→ 「みぞおちの差し込むような痛み」「焼けるような痛み」が主体
同じ「胃の不調」でも、患者さんごとに 症状のパターンも、背景にあるメカニズムも異なる のがFDの特徴です。
2. なぜ“胃薬が効かない胃もたれ”が起こるのか
2-1. 原因と薬のミスマッチ
FDの主な病態は大きく3つに整理できます。
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胃・十二指腸の運動異常
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食後に胃が十分に広がらず(適応性弛緩の障害)
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食べ物が胃から腸へ排出されにくい(排出能低下)
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胃酸分泌・酸に対する過敏性
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胃酸分泌が多い
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胃酸に対して粘膜や神経が過敏になっている
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内臓知覚過敏・脳腸相関の異常
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胃の軽い刺激でも「痛み」「不快」と感じやすい
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ストレスや自律神経の乱れが関与
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同じ「胃もたれ」でも、
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胃の動きが悪くて食物が滞留している人
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胃酸や知覚過敏が主体の人
では、必要な薬がまったく違います。
たとえば、
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胃の動きが悪いタイプに、酸を抑える薬(制酸剤・PPI)だけを漫然と出しても効果は乏しい
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一方、酸過多・知覚過敏が主体の人には、酸分泌抑制薬が有効なことも多い
というように、病態と薬のターゲットが合っていないと「胃薬が効かない」状態になってしまうのです。
2-2. 本当にFD?器質的疾患の見落とし
FDと診断する前提は、
「胃カメラなどで重大な病気がないことをきちんと確かめている」
ことです。
しかし現実には、
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年齢や症状だけで「機能性でしょう」と片付けられてしまう
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忙しさなどを理由に胃カメラが後回しになる
ことで、
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胃がん・食道がん
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潰瘍
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膵炎・胆石などの膵胆道疾患
といった器質的疾患が隠れていたのに「FD」と誤診されてしまうケースも指摘されています。
特に、
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体重減少
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黒色便・吐血
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貧血
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50歳以上で初発の症状
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夜間目が覚めるほどの痛み
といった“警告症状(アラームサイン)”がある場合は、
必ず胃カメラなどの精査を優先することが重要です。
2-3. ストレス・生活習慣の影響
FDの発症・増悪には、
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慢性的なストレス
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睡眠不足
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高脂肪食・不規則な食事
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運動不足
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喫煙・過度の飲酒
などの外的要因が深く関わっています。
いくら薬を調整しても、
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夜更かし・暴飲暴食・ストレス過多
が続いていると、症状がぶり返したり、治療に反応しにくくなったりします。
3. 最新ガイドラインに基づくFD治療の基本方針
機能性ディスペプシアの治療目標は、
「症状を和らげ、日常生活の質(QOL)を改善すること」
です。
日本のガイドラインでは、説明と保証+生活習慣指導を土台としたうえで、
薬物療法を段階的に行うことが推奨されています(治療変更の目安は4〜8週間)。
3-1. ステップ1:診断と初期対応
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器質的疾患の除外
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問診・診察・血液検査
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年齢や症状によって胃カメラ・腹部エコーなどを行い、
潰瘍・がん・膵胆道疾患・全身疾患がないか確認します。
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ピロリ菌(H. pylori)感染の評価
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ピロリ菌陽性の場合、まず除菌治療を行うことが推奨されます。
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除菌後半年〜1年で症状が改善すれば「H. pylori関連ディスペプシア」と診断されます。
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“説明と保証”
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「命に関わる危険な病気ではないこと」
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「慢性だがコントロール可能な病気であること」
を丁寧に説明し、不安を和らげること自体が治療の一部です。
FDでは プラセボ効果が平均56% と非常に高いことが知られており、
医師との信頼関係と十分な説明が症状改善に直結します。
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4. 一次治療(初期薬物療法)
ガイドラインで 「強く推奨」 されている一次治療は以下の3系統です。
4-1. 消化管運動機能改善薬:アコチアミド
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代表薬:アコチアミド(アコファイド®)
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作用:
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胃の「受け皿」としての広がり(胃適応性弛緩)を改善
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食べ物の排出を促進し、胃の動きを整える
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特に有効な症状:
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食後の胃もたれ
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早期満腹感
→ 食後愁訴症候群(PDS)タイプに適した薬
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世界で初めてFDへの適応を取得した、FD専門の保険適用薬であり、
日本発の薬剤です(処方には原則として胃カメラで器質的疾患を否定していることが必要)。
4-2. 胃酸分泌抑制薬:PPI・H2RA
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代表薬:
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PPI(プロトンポンプ阻害薬)
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H2RA(H2受容体拮抗薬)
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作用:
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胃酸分泌を抑え、酸による刺激や知覚過敏を軽減
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特に有効な症状:
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心窩部痛
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焼けるような痛み・灼熱感
→ 心窩部痛症候群(EPS)タイプに適することが多い
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FDに対する保険適応はありませんが、
ガイドラインでは エビデンスレベルAで「強く推奨」 されています。
4-3. 漢方薬:六君子湯(りっくんしとう)
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作用:
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胃の運動機能改善
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食欲不振の改善
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精神的な不安・ストレスの緩和 にも寄与
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ガイドライン:強く推奨(合意率92%、EvL:A)
「胃が張る」「食欲がない」「ストレスも多い」というFD患者さんには、
西洋薬と併用で症状が整うケースも多く報告されています。
5. 二次治療・治療抵抗性FDへのアプローチ
一次治療で十分な改善が得られない場合、
以下のようなアプローチが検討されます。
5-1. 他の消化管運動機能改善薬
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ドパミン受容体拮抗薬:
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イトプリド、ドンペリドン など
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5-HT4受容体作動薬:
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モサプリド など
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いずれもガイドラインでは 推奨の強さ:弱(EvL:B) ですが、
症状タイプに応じて使い分けることで有効なケースがあります。
5-2. 抗うつ薬・抗不安薬などの心身医学的治療
脳腸相関・ストレスの関与が強いと考えられる場合、
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抗うつ薬(SSRI・SNRI など少量)
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抗不安薬
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セロトニン5-HT1A作動薬(タンドスピロンなど)
を**“痛みの感受性を下げる目的”**で用いることがあります
(推奨の強さ:弱、EvL:B)。
さらに、心療内科・精神科と連携し、
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認知行動療法(CBT)
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催眠療法
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自律訓練法
などを組み合わせると、治療抵抗性FDに有効な場合があるとされています。
5-3. 腸内細菌叢へのアプローチ
近年、FDを含む機能性消化管疾患には、
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脳腸相関
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胃・腸内の細菌叢の変化
が関与している可能性が注目されています。
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特定のプロバイオティクス(例:乳酸菌LG21)摂取でFD症状が軽減した報告
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胃内細菌叢や胃酸環境の改善を狙ったサプリメント
(例:オリジナルサプリ「i-katsu」など)の使用報告
など、従来の薬では改善しにくいケースへの新たな選択肢も模索されています。
ただし、エビデンスの蓄積段階のものも多く、主治医と相談しながらの補助的利用が望まれます。
6. 生活習慣の見直しと再発予防
FDは一度症状が落ち着いても、数か月以内に約20%が再発するとされます。
長期的なコントロールには、薬だけでなく生活習慣の改善が不可欠です。
6-1. 食事のポイント
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高脂肪食を控える
→ 揚げ物・脂身の多い肉・こってりラーメンなどは胃の動きを悪くします。 -
少量ずつ・腹八分目
→ 一度に多く食べると胃が過度に膨らみ、症状が悪化。 -
よく噛んで、ゆっくり食べる
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寝る直前の食事・夜食を避ける
6-2. 避けた方がよい刺激物
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アルコール(特に多飲)
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濃いコーヒーなどカフェイン飲料
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香辛料の強い料理(唐辛子など)
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喫煙
これらは胃酸分泌や知覚過敏を悪化させることがあります。
6-3. ストレス・睡眠・運動
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毎日の中でリラックスできる時間を意識して確保
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**十分な睡眠(できれば7時間前後)**で自律神経を整える
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ウォーキングなどの軽い有酸素運動を習慣にする
→ FD患者では健常者より運動量が少ないという報告もあります。
7. どのタイミングで医療機関を受診すべきか
次のような場合は、自己判断せず早めに消化器内科を受診してください。
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胃もたれ・胃痛が 1〜2か月以上続いている
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市販薬や処方胃薬を飲んでも改善しない
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体重減少・貧血・黒色便・嘔吐などの症状がある
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50歳以上で初めて症状が出てきた
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不安が強く、日常生活に支障が出ている
FDかどうかの判断は、「症状+検査+全身状態」 を総合して行う必要があります。
「胃カメラで何もなかったから気のせい」ではなく、
“機能の病気”としてきちんと向き合うこと が大切です。
8. まとめ:FDは「うまく付き合えばコントロールできる病気」
機能性ディスペプシア(FD)は、
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命に関わる病気ではないが、
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放置すると 長期にわたり生活の質を損なう 慢性疾患
です。
しかし、
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きちんと器質的疾患を除外し
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病態に合わせた薬物治療を選び
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ストレスケアや生活習慣の改善を組み合わせることで
多くの方が症状を軽くしながら日常生活を取り戻すことが可能です。
「胃薬が効かないからといって、治らないと決まったわけではありません。」
つらい胃もたれや胃の違和感が続く場合は、
一人で抱え込まず、消化器内科や心療内科に相談してみてください。
※本記事は一般的な医学的情報であり、個々の診断・治療方針は
必ず担当医とご相談ください。執筆・監修:きだ内科クリニック 院長 木田 雅文
(医学博士/日本消化器病学会 消化器病専門医/日本消化器内視鏡学会 専門医)
