歩くとお腹が痛い…それは腸間膜虚血?見逃されやすい危険サインと腹膜炎の症状を専門医が解説
歩くとお腹が痛い…「腸間膜虚血」という見逃してはいけない危険サイン
「歩くとお腹にひびいて痛い」「振動でお腹がズキッとする」――
一見、軽い腹痛に思えるこの症状が、命に関わる「腸間膜虚血」や腹膜炎のサインであることがあります。
腸間膜虚血は、心筋梗塞や脳梗塞が心臓・脳で起こるのと同じように、
腸(消化管)に起こる“血流の梗塞・虚血” です。
診断と治療が遅れると、腸が壊死し、敗血症・多臓器不全から**致死率40〜90%**に達する極めて重篤な病気です。
ここでは、なぜ「歩くとお腹が痛い」が危険なのか、
そして腸間膜虚血の種類・症状・診断・治療の流れについて、医学的に整理して解説します。
※本記事は医療情報の理解のためのものであり、自己診断・自己治療を目的としたものではありません。強い腹痛や不安な症状がある場合は、迷わず医療機関を受診してください。
1. 「歩くとお腹が痛い」はなぜ危険なサインなのか
1-1. 振動で悪化する腹痛=腹膜炎のサイン
「歩くとお腹が痛い」「車の振動が辛い」「仰向けに寝ると響く」
こうした“動作や振動で増悪する腹痛”は、腹膜炎を強く疑うサインです。
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腹膜炎とは
→ 胃・小腸・大腸・肝臓など腹腔内臓器の外側を覆う腹膜そのものに炎症が起きた状態。 -
腹膜は痛みを鋭く感じるため、
→ 歩行・深呼吸・咳・振動などで**強い体性痛(刺すような痛み)**が誘発されます。
→ 患者さんは痛みを避けるために前かがみでそろそろ歩いたり、身動きを最小限にしようとします。
1-2. 腸間膜虚血と腹膜炎の関係
腸間膜虚血が進行すると、
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最初は 腸の内側の一部だけが虚血(血流不足) になり、
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さらに進行すると 腸管壁全体〜腸の外側や腹膜にまで炎症・壊死が波及 し、
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この段階でようやく「動くと痛い」という腹膜炎のサインが表れます。
つまり、
「歩くとお腹が痛い」という状態は、
腸間膜虚血がすでにかなり進行している“後期の段階”である可能性が高い
ということを意味します。
この時点では救命が非常に困難になるケースも少なくないため、決して放置してはいけない症状です。
2. 腸間膜虚血とは? ― 消化管の「心筋梗塞」
2-1. 腸間膜虚血の危険性
腸間膜虚血は、腸に血液を送る血管(腸間膜動脈・静脈)の血流が低下・途絶することで、
腸管が壊死してしまう病態です。
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腸は安静時でも心拍出量の 20〜25%もの血流 を必要とする「血流依存の臓器」
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虚血が続くと、発症からわずか6時間程度でも壊死 が始まることがある
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腸管壊死に至ると、
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細菌や毒素が血中に流れ込み敗血症
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多臓器不全
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ショック状態
と進行し、**致死率は40〜90%**に達するとされています。
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2-2. なぜ「見逃されやすい」のか
急性腸管虚血(AMI)が診断困難な理由として、次の特徴があります。
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痛みが非常に強いのに、初期の腹部診察所見が乏しい
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患者さんは「これまでに経験したことがない激痛」と訴える一方で、
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お腹を触っても 柔らかく、防御反応(筋性防御)がはっきりしない ことが多い
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そのため、
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「様子を見ましょう」「胃腸炎かもしれません」と見逃されるリスクがある
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真の原因である腸間膜虚血の診断が遅れやすい
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そして、虚血が腸管の全層に及び腹膜炎になると、
はじめて「歩くとお腹が痛い」などの腹膜刺激症状が現れますが、
その時にはすでに壊死が進行した“手遅れに近い段階”であることも多い のです。
3. 腸間膜虚血の主なタイプと症状
腸間膜虚血は、大きく以下の病型に分けられます。
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急性腸管虚血(AMI)
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動脈塞栓症
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動脈血栓症
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腸間膜静脈血栓症
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慢性腸管虚血(CMI:腹部アンギナ)
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非閉塞性腸管虚血(NOMI)
3-1. 急性腸管虚血(AMI) ― 急に襲う激しい腹痛
急性腸管虚血(Acute Mesenteric Ischemia:AMI) は、
数分〜数時間という短時間で腸管血流が途絶する“急性の虚血”です。
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急性腹症の約1%を占めるが、
70歳以上ではその頻度が10%以上 に増えるとされる -
原因の多くは、
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心房細動などから飛んだ血栓による 上腸間膜動脈塞栓症(約50%)
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動脈硬化の進行部位での 血栓形成(約40%)
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特徴的なポイント
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突然の激しい腹痛
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「急にお腹が裂けるように痛くなった」と表現されることも
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初期にはお腹を触っても比較的柔らかく、圧痛も軽いことがある
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虚血が進むと吐き気・嘔吐・血便・ショックなどが出現
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さらに進行して腹膜炎になると、
→ 体を動かすたびに激烈な痛み(歩くとお腹が痛い)が出現
危険因子:
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高齢(特に70歳以上)
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心房細動・弁膜症・心不全・心筋梗塞の既往
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動脈硬化(高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙など)
3-2. 慢性腸管虚血(CMI) ― 「食べるとお腹が痛くて怖い」腹部アンギナ
慢性腸管虚血(Chronic Mesenteric Ischemia:CMI) は、
「食後にお腹の血流が足りなくなることで起こる慢性的な虚血」 です。
主な症状
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食後20〜30分するとお腹が痛くなる
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正中〜みぞおちのあたりの鈍痛〜刺すような痛み
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痛みは1〜2時間続き、徐々におさまる
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痛みを避けようとして 食事量を減らし、体重が大きく減少 する
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原因不明の下痢や、食後の不快感が続くことも
腸を栄養する主要動脈(腹腔動脈・上腸間膜動脈・下腸間膜動脈)は、
本来は豊富な側副血行により互いを補い合っています。
そのため、1本だけの狭窄では症状が出にくく、2〜3本に高度狭窄・閉塞があるときに初めて症状が出ると考えられています。
3-3. 非閉塞性腸管虚血(NOMI) ― ICUで起こりやすい「隠れ虚血」
非閉塞性腸管虚血(Non-occlusive Mesenteric Ischemia:NOMI) は、
腸間膜動脈自体は詰まっていないのに、血管の攣縮や全身の低血圧により腸管血流が極端に落ちる病態です。
起こりやすい状況
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重症心不全・心筋梗塞後
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敗血症・ショック・脱水
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強力な血管収縮薬の使用中
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集中治療室(ICU)で治療中の重篤な患者
NOMIは、
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造影CTでもはっきりした血管閉塞が見えないことがあり
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典型的な症状に乏しいことも多く
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発見された時にはすでに重症化していることが多いため、致死率は50〜80%と極めて高い とされています。
4. 腸間膜虚血の診断 ― 時間との勝負
腸間膜虚血は、「疑うこと」が最初の一歩です。
特に高齢者や心血管疾患のある方で、
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突然の強い腹痛
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痛みの割に診察所見に乏しい
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あるいは全身状態が急速に悪化している
といった場合、迷わず腸間膜虚血を念頭に置いて検査を進める必要があります。
4-1. 最も重要な画像検査:造影CTアンギオグラフィー(CTA)
急性腸管虚血(AMI)が疑われる場合の第一選択は、
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造影CTアンギオグラフィー(CTA)
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造影剤を静脈から注射し、
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動脈相・静脈相を1mm以下の薄いスライスで撮影し、
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腸間膜動脈の閉塞・狭窄、腸管壁の虚血所見、静脈血栓などを評価します。
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CTAによって、
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塞栓症か血栓症か
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どの部位まで虚血が及んでいるか
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腸管壊死の可能性が高いかどうか
などの情報を得ることで、その後の治療方針(血管内治療か、開腹手術か)が決まります。
4-2. 血液検査(D-dimer・乳酸など)
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D-dimer
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血栓が溶ける過程で増えるマーカー
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急性腸管虚血の鑑別として測定が推奨され、
正常範囲であれば上腸間膜動脈閉塞症をほぼ否定できるとされます(ただし特異度は低い)。
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乳酸(ラクテート)
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虚血が進むと上昇しますが、発症初期には約半数は正常という報告もあり、
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「正常だから安心」とは言えず、単独での診断には不向きです。
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4-3. NOMIでは血管造影(DSA)が有用
NOMIは、CTAで明らかな閉塞所見が見えないこともあります。
その場合、
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選択的血管造影検査(DSA) によって、
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腸間膜動脈の攣縮
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血管の不規則な狭小化
などの特徴的な所見を確認することが、診断の助けになります。
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5. 治療 ― 「一分一秒を争う」救命治療
腸間膜虚血の治療は、時間との戦いです。
特に腸管壊死や腹膜炎が疑われる場合は、診断に時間をかけず速やかな外科的介入が必要になります。
5-1. 急性動脈閉塞(AMI)の治療
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腸管壊死が疑われる場合
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迷わず 開腹術 を行い、
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壊死した腸管を切除
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同時に血栓除去術やバイパス術など血行再建を行う場合もあります。
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壊死がまだ疑われない、あるいは軽微と判断される場合
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血管内治療(カテーテル治療) が選択肢になります。
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カテーテルを上腸間膜動脈まで進め、
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血栓溶解薬を局所注入
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バルーン拡張やステント留置による血流再開通
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一部の報告では、開腹術よりも死亡率・腸切除率が低いとされています。
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5-2. NOMIの治療
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まずは ショックからの離脱・循環動態の安定化 が最優先
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輸液、昇圧薬の適正化、低灌流の原因治療
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血管造影で診断がついた場合は、
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カテーテルからパパベリンなどの血管拡張薬を注入し、
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腸間膜動脈の攣縮を解除する治療が行われます。
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それでも腹痛・腹膜刺激症状が改善しない場合や、腸管壊死が疑われる場合は、
→ 速やかに開腹術・壊死腸管切除が必要です。
6. 「歩くとお腹が痛い」と感じたときに大切なこと
腸間膜虚血は特に、
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高齢者
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心房細動・心不全・心筋梗塞など心疾患のある方
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高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙など動脈硬化のリスクがある方
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集中治療中の重症患者
に多く見られます。
こんな症状は要注意
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突然の激しい腹痛(“これまでで一番痛い”レベル)
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痛みの割に、お腹を触ると柔らかく、所見が乏しい
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数時間〜半日ほど経ち、
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歩くとお腹が響いて痛い
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ちょっとした振動でも痛い
といった腹膜炎のサインが出てきた
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吐き気・嘔吐・血便・冷汗・呼吸の乱れ・意識がぼんやりする、など全身状態が悪化している
こうした症状がある場合、
「様子を見よう」とは決して考えず、救急外来を含めた早期受診が極めて重要です。
まとめ:腸間膜虚血は「疑って、早く診つける」ことが命を救う
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「歩くとお腹が痛い」「動くと響く腹痛」は、腹膜炎のサインであり、
進行した腸間膜虚血やその他の重症腹部疾患の可能性があります。 -
腸間膜虚血は、心筋梗塞・脳梗塞と同様に、
“消化管の血管が詰まる・血流が途絶える”ことで起こる重篤な病気 です。 -
特に高齢者や心血管リスクのある人で、
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突然の激しい腹痛
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痛みと診察所見の解離
が見られた場合、腸間膜虚血を強く疑って造影CTなどの精査を急ぐ必要があります。
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「いつもの胃腸炎だろう」と自己判断せず、
“いつもと違う腹痛・動くと響く腹痛”は、救急受診すべきサイン と覚えておくことが、
自分や大切な人の命を守る第一歩になります。
※本記事の内容は一般的な医学情報です。実際の診断・治療は、症状・検査結果・全身状態を総合的に評価したうえで医師が判断します。
執筆・監修:きだ内科クリニック 院長 木田 雅文
(医学博士/日本消化器病学会 消化器病専門医/日本消化器内視鏡学会 専門医)
