血圧は正常なのに脳卒中?|夜間高血圧・仮面高血圧が引き起こす「高血圧型脳卒中」の恐怖
血圧は正常なのに「高血圧型の脳卒中」が起きる理由
―― 見逃される夜間高血圧と仮面高血圧の恐怖 ――
1. 診察室血圧は正常でも安心できない「仮面高血圧」
脳卒中は日本人の死因第4位、寝たきりになる原因の第1位の病気です。最大の危険因子は高血圧ですが、自覚症状が出にくいため「サイレントキラー(静かなる殺人者)」と呼ばれます。
一般に「血圧は正常」と言われるのは、病院やクリニックで測定する診察室血圧が 140/90mmHg 未満の場合です。しかし、診察室では正常でも、自宅・職場など診察室外では血圧が高い人がいます。これを 「仮面高血圧(masked hypertension)」 と呼びます。
仮面高血圧は、真の高血圧が“マスク”されている状態であり、
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心筋梗塞・脳卒中など心血管疾患リスクは
持続性高血圧と同程度〜それ以上 -
正常血圧の人に比べて 2〜3倍 心血管イベントが多い
と報告されています。
仮面高血圧は血圧が上がる時間帯によって、
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早朝高血圧型
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ストレス性高血圧型
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夜間高血圧型
に分類されます。このうち、最も見逃されやすく、重篤なリスクを伴うのが夜間高血圧です。
2. 夜間高血圧の定義と危険な血圧パターン
通常、血圧は日中の活動時に高く、夜間睡眠中には日中より 10〜20%低下 します(Dipper型)。
夜間高血圧とは、睡眠中の血圧が十分に下がらない、あるいは逆に上昇する状態で、日本高血圧学会では
夜間(睡眠時)の平均血圧が 120/70mmHg 以上
と定義されています。朝の血圧がコントロール良好でも、約4人に1人は夜間高血圧という報告もあります。
24時間自由行動下血圧測定(ABPM)で夜間の血圧低下率を評価すると、血圧の日内変動パターンは次のように分類されます。
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Dipper型(正常):夜間に日中より 10〜20% 低下
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Non-dipper型(夜間非降圧型):夜間低下が 10% 未満
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Riser型/inverted-dipper型(夜間昇圧型):夜間の血圧が日中より高くなる
特に Riser型 は予後不良とされ、Dipper型やNon-dipper型と比べて
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脳卒中リスクが 約4〜10倍 高い
とするデータもあります。
3. 夜間高血圧が引き起こす「高血圧型の脳卒中」
血圧が高い状態が長期間続くと、血管内壁に強い圧力がかかり、動脈硬化 が進行します。なかでも高血圧が直接原因となる脳卒中は次の2つです。
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脳出血
└ 高血圧で脳の細い血管が弱くなり、破れて出血するタイプ。 -
ラクナ梗塞
└ 脳深部の細い動脈が動脈硬化で詰まる、小さな脳梗塞。
夜間高血圧、とくに Non-dipper型・Riser型のように夜間も血圧が下がらない状態では、脳だけでなく心臓・腎臓などへの負担も大きく、臓器障害や心血管イベントのリスクが著しく上昇します。
夜間血圧は診察室血圧より“予後予測能”が高い
大規模コホート研究(Spanish Ambulatory Blood Pressure Registry など)では、
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夜間血圧は 診察室血圧より全死亡・心血管死亡の予測力が高い
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夜間収縮期血圧が 10mmHg 上昇するごとに
→ 心血管疾患発症リスクが 約20%増加 -
夜間平均血圧が高い群(132mmHg以上)は
→ 正常群に比べ 脳卒中発症が約5.4倍
という結果が示されています。
つまり、日中の血圧が正常でも、夜間高血圧があれば脳卒中リスクは決して“正常”ではないのです。
4. 夜間血圧が上がる主な原因
夜間高血圧は、血圧の日内リズムが崩れることで起こり、背景にはさまざまな病態があります。
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睡眠時無呼吸症候群(SAS)
無呼吸により酸素が低下すると交感神経が過剰に刺激され、血管収縮と血圧上昇が起こります。
3剤以上の降圧薬でも下がりにくい治療抵抗性高血圧の約7割にSASが関与すると言われます。 -
慢性腎臓病(CKD)・心不全
循環血液量の増加により夜間に血圧が上がりやすく、Non-dipper型・Riser型が多いとされます。減塩や利尿薬が有効です。 -
食塩感受性高血圧
塩分過多で体液量が増え、横になる夜間に静脈還流が増加して血圧が上昇し、Non-dipper型になりやすくなります。 -
糖尿病・自律神経障害
自律神経がうまく働かず、正常な夜間降圧が起こりにくくなります。 -
その他の要因
肥満、喫煙、過量飲酒、ストレス・抑うつ、睡眠の質の低下 なども夜間高血圧を悪化させます。
5. 夜間血圧を下げて脳卒中を防ぐには
① 夜間血圧を“見つける”ことが第一歩
夜間高血圧を診断するには、診察室血圧だけでは不十分です。
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24時間自由行動下血圧測定(ABPM)
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夜間測定機能付きの家庭用血圧計
を用いて、就寝前〜睡眠中の血圧 を把握することが重要です。
少なくとも、起床時と就寝前の家庭血圧を習慣化しましょう。
② 降圧薬の内服タイミング
夜間血圧を意識した投与タイミングについては、研究結果が分かれています。
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Hygia Chronotherapy Trial
→ 降圧薬を就寝前に服用した群は、朝服用群と比べ
脳卒中を含む心血管イベントが 43%減少 -
TIME試験
→ 就寝前投与と朝投与で、主要心血管アウトカムに有意差なし
一律に「夜に飲めば良い」とは言えず、自身の夜間血圧パターン・生活リズムに合わせて、主治医と相談して決めることが大切です。
③ 生活習慣の見直し
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減塩:1日の塩分を 6g 未満 に。カリウム豊富な野菜・果物を増やす。
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睡眠の質向上:睡眠不足を避け、いびきや無呼吸が気になる場合はSASの検査・治療(CPAPなど)を検討。
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飲酒・喫煙の制限:アルコールとタバコは血圧と動脈硬化を悪化させます。
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適度な有酸素運動:ウォーキングなど中等度の運動は血圧改善に有効ですが、無理な高強度運動は避けましょう。
まとめ:診察室血圧が正常でも、夜間血圧をチェックしよう
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診察室血圧が正常でも、夜間高血圧という仮面高血圧が潜んでいることがあります。
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特に Riser型・Non-dipper型は、高血圧型脳卒中(脳出血・ラクナ梗塞)の強力なリスク因子です。
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家庭血圧やABPMで夜間血圧を評価し、生活習慣の改善と適切な薬物療法で 24時間血圧コントロール を目指すことが、将来の脳卒中予防につながります。
「病院で測ると血圧は正常だから安心」と思っている方こそ、
一度“夜の血圧”をチェックしてみましょう。
