高齢者の「便秘なのに下痢が続く」原因は?|溢流性便失禁(偽性下痢)の仕組みと正しい対処法を専門医が徹底解説
高齢者の便秘で「下痢」が続く本当の理由|溢流性便失禁(偽性下痢)の仕組みと正しい対処法を専門医が詳しく解説
高齢者の便秘が続いているにもかかわらず、見た目は「下痢」のような状態が起こる——
その正体は 溢流性便失禁(いちりゅうせいべんしっきん) と呼ばれる状態で、
一般には 「偽性下痢」 として知られています。
ここでは、医療的根拠に基づき、
「便秘なのに下痢が続く」メカニズム とその背景にある
溢流性便失禁(偽性下痢) をわかりやすく解説します。
1. 偽性下痢(溢流性便失禁)とは?|便秘が「下痢」に見える仕組み
偽性下痢の中心となる原因は、
長年の便秘によって 直腸内に硬い巨大な便塊(糞便塞栓・宿便) が溜まることです。
■ メカニズム(医学的に確認されている流れ)
① 硬い便塊が直腸を塞ぐ(糞便塞栓)
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加齢による腸のぜん動低下
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水分不足
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低栄養
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運動不足
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便意の感受性低下
これらが重なることで便が強固に固まり、出口(直腸)が物理的に閉塞 します。
② 新しく作られる軟便・水様便が便塊の“隙間”をすり抜ける
直腸の奥側から送られてくる 水分の多い便汁や軟便 が、
硬い便のすき間を通って肛門側へ漏れ出します。
③ 見た目は「下痢」でも、実際は便秘
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水様便〜泥状便が頻回に出る
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下着が汚れる
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便が「ぽろぽろ」「ベタベタ」
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特有の悪臭
これらが下痢と誤認され、止痢剤を使われるケースもありますが、
本当は閉塞性の便秘が原因であり、治療の方向性が逆になります。
④ 便塊により肛門括約筋が弛緩し、便が漏れやすくなる
巨大な便塊が直腸を圧迫し、肛門括約筋が反射的に緩むことで、
不随意に便が漏れる「溢流性便失禁」 となります。
2. 高齢者・認知症患者で発見が遅れやすい理由
溢流性便失禁は高齢者や認知症患者に特に多く、見逃されやすい疾患です。
■ 発見が遅れる主な理由
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便意の感覚低下(直腸感覚の鈍化)
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適切に訴えられない(認知機能低下)
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「下痢」と誤認し 止痢剤を投与してしまう医療・介護現場の誤解
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既に便秘薬が処方されており、症状の把握が困難
■ 不適切な治療のリスク
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止痢薬 → 便塞栓をさらに悪化
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刺激性下剤の連用 → 腸管穿孔の危険性
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放置 → 宿便性潰瘍、消化管穿孔、敗血症
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認知症患者では BPSD(興奮・不穏)を悪化させる
特に、「下痢が続くから下痢止め」 という誤った判断は危険で、
医学的には最も避けるべき対応です。
3. 正しい診断と対処:まず“直腸の中に何があるか”を確認する
溢流性便失禁が疑われるとき、最も重要なのは 直腸内の便塊の確認 です。
■ 診断
● 直腸指診(第一選択)
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肛門から指を入れて便塊の有無を直接確認
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最も確実で迅速な診断方法
● 画像検査
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腹部X線:直腸拡張・便塊影を確認
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腹部超音波(エコー):便貯留の程度を評価
※指診ができない場合や、不明確なときに併用します。
4. 正しい治療:下痢止めは厳禁|まずは直腸内の便を取り除く
■ 初期対応(最重要)
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摘便(徒手的に便を取り出す)
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浣腸で便塊を軟化・排出
便塊を取り除かなければ、
薬物療法も生活改善も一切効果が出ません。
■ その後の排便管理
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水分摂取
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食物繊維(不足時)
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下剤の使い分け(浸透圧性、粘滑性など)
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毎日の排便リズムの確立
「便秘と下痢を繰り返す悪循環」を断つことが重要です。
✨ まとめ|便秘なのに“下痢”が続くときは、溢流性便失禁を疑う
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高齢者の「下痢」に見える症状 → 実は 重度の便秘 が原因
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糞便塞栓が直腸を塞ぐことで、軟便が漏れ出す 偽性下痢
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止痢薬は危険、まずは「直腸に便があるか」を確認
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適切な診断・摘便・排便コントロールが改善の鍵
高齢者の排便障害は、介護の質・生活の質に直結するため、
早期の介入が極めて重要です。
執筆・監修:山形県米沢市 きだ内科クリニック 院長 木田 雅文
(医学博士/日本消化器病学会 消化器病専門医/日本消化器内視鏡学会 専門医)
